ワインとの出会い

ROMANEECONTI1986

ワインへの道に可能性を感じ、2016・3・31前職をリタイヤし私は人生を大きくシフトしました。
そこへの入り口は、1994年迄遡ります。

 その頃、私はお酒の時間はとても嫌でした。気持ち悪くなるし、高いお金を払わねばならないし、ある日、職場の同期がワインが美味しいよと言いました。なぜだ?私の探求心に火がつきました。
自分で試すも、葡萄から出来ているのになぜブドウの味がしないのだろう?どの様なワインが美味しいと言われているのだろう?そんな日々がしばらく続きました。
ある日、新聞を読んでいると当時の総理大臣 細川さんを接待するのに使われていたワインがロマネコンテイ ルイ王朝時代に病気の際にスプン一杯を飲んだと言う様な逸話が書いてあり、どんなワインだろうと更に私の興味は加速しました。
それから、ワインのありそうなお酒屋さんに行き探す日々、本屋さんに行き見つけた本に載っているロマネコンテイの写真はとても淡い色で、先が見通せるようでした。価格もそこで知りました。私はさぞかし美味しいんだろうなと思いを馳せていました。私はみつけたくて本の最後のページに載っている酒店に電話したり、しばらく探す日々でした。そんなある日お酒屋さんのウォークインセラー内にひっそりと寝ているワインをみつけました。胸が高鳴りましたが、すぐ購入出来るだけの準備が私には出来ていませんでした。気持ちの面でも、金銭面でも。給料の1ヶ月分より高かったからです。当時の私は実家暮らしなので、住宅の諸費用は両親にお世話になっていました。
店主に購入するので、期限つきで取り置きを依頼できました。ドキドキは私の手中に入るまで
続きましたが、無事手中に納めることが出来ました。嬉しくて、機会をみて眺めてはどの様な味なんだろうと思いを馳せていました。日本の夏は蒸し暑く30度を越えてしまうので、24本用のフォルスターセラーを購入しました。ガラス窓付きなのでドアを開け閉めせず中を見る事が出来るので、1日数回は眺めては思いを馳せました。
暫く私の手中に居たロマネコンテイ86との出会いとお別れの時が来ました。

2011・3・11東日本大震災は私の育てていたワイン逹とのお別れになりました。計画停電によりセラーが夏場に停止されてしまうと、30度を越える状況下にさらされる可能性が高くなりました。30度を越える環境を経験するとワインの寿命を極端に低下させ、どの様なワインになってしまうかわからない。暫く考えましたが、私は決断しました。
ワインは最大120本用と24本用のフォルスターセラーが一杯になる位は所有していましたが、セラーを友人に引き取ってもらい、ワインはオークションで手放しました。
しかし、手放さないワインの1本がロマネコンテイ86でした。これは、私が出会いたくて購入したものです。それからどの様なシチュエーションで飲むのが最善であるかを模索すること暫く、現在まで続けているがワイン会のメンバーに召し上がって頂こうと決め、4人をご招待しポットラックパーティーにしました。幸い最高潮とはいきませんでしたが、タンニンを伴いまだまだ先でもいいと思わせるものでした。幸い鴨のローストをご持参して下さった方がいたので、マリア-ジュも楽しめたのではないかと思います。独り占めせずこの体験を同じ場所で共有できたことに、ワインの醍醐味があったのではないかと思います。
ロマネコンテイにはあと何回出会えるかはわかりませんが、究極の真円に出会える日を楽しみにしています。

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TOSHIYUKI SUZUKI

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投稿者: TOSHIYUKI SUZUKI

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